No.1
深夜の空港に小型ジェットが滑るように降りてきた。
南フランス・トゥールーズ、エアバス社専用滑走路。
194億ユーロを稼ぎ出すヨーロッパ最大の航空機会社、EADS社とBAE社がコントロールする巨大企業は眠りについていた。
しかし、誘導路に入り小型ジェット専用スペースに停止しかけている周囲だけは異様な緊張感に包まれていた。
"シュッ"という音でドアが開きステップが降りた。
ステップを囲むように黒スーツの男達が立ち、周囲を威嚇するように右手をスーツの中に入れている。
引き金に指をかけ警護する彼らはCIAやモサドなどのシークレットサービスではないと、容易に判断できる。
シークレットサービスやFBIは必ずフィンガーガードに人差し指をかけ、警護する。
握る銃はグロッグ、ほとんどの部分を特殊プラスチックで構成され安全装置などというものは付かない。
グリップは異様に太く形成され18発の炸裂弾が装着されている。
45口径に小型化された炸裂弾は人体など標的に当たると炸裂する、これは相手に対し最低限の負傷を与え行動を制限するなど小型武器に与えられた使命ではなく、確実に標的を肉片にする目的で作られた弾丸である。
もちろん、この様な残忍な武器はジュネーブ協定違反であることは間違いない。
銀色のロールスロイスが横付けされた。
運転席から降りてきた男はヘモ。
大柄ではないか畏敬をまとった姿は、簡単には接することができない事を感じさせる。
男達が道を空けるのを自然に受け入れる、周りに視線を走らせながらステップまで近づいた。
"ヒュー"という音がまるでパリ祭の花火のようで、驚くほど緊張感のない火弾が弧を描きながらこちらに向かってきた。
「ブロック!!」と鋭い声を発しながら、ヘモはステップを駆け上がった。
輝くばかりの白い皮で覆われた機内に飛び込み、6席ほどしかないシートに目を移した。
そこには東洋系であろう美女、KAORIと白いシャツに仕立ての良さがわかるブラックロングジャケットを着込んだ、やはり東洋系であろう艶男、HSUがシャンパングラスを傾けていた。
転がり込んできたヘモにKAORIが「あらあらケガしないでよヘモ!!」と微笑みながら真珠のような声をかけた。
HSUは唇からグラスを離さず、視線だけをヘモに。
その目は優しさと気品に満ち、ヘモだけてなく会う人間すべてを虜にしてしまう魔力がある。
ヘモは萎えてしまいそうな緊張感を無理矢理引き戻し「対戦車弾です!!」と叫んだ。
"バッシュ!!" 機体が細かく震え何かを吐き出した。
HSUが立ち上がり、転がっているヘモに手をさしのべた "バリッ!! ドンッ!!"
「PSTG(小型迎撃ショットガン/この機には4台搭載されている。地対空ミサイルや追尾ミサイルで追いかけられた場合、PSTGで弾幕を張り爆破することが可能であり、対空対地兵器として驚愕の破壊力を誇る)でブロックしました」
「2弾目は無いようです・・それよりリュウが追いかけ回していますよ」とコクピットから機長の声がした。その声は悪戯っ子をたしなめる母親のようなトーンだった。
「かわいそうに、苦しまなければいいのにね」と本当に口先だけの同情をKAORIが口にした。
「クライアントを知ってから・・・といってもリュウじゃ無理か・・」HSUはヘモを引き起こしながらにつぶやいた。
リュウは機体上部ギリギリで対戦車弾が爆破されるのを確認すると同時にサババーンに飛び乗った。
対戦車弾の発射位置は見当がついていた。
それは小型ジェット専用の滑走路Cラインの端にある技術職員専用のパーキングだ。
赤外線追尾装システム搭載のキャリーカーであれば敷地外からの発射でよいはずだ。
さらにタッチダゥンを待つまでもなく肉眼で確認できる程度まで近づけば、100%外すことはない。
ということは、手待ちでのロックオンしかなく出来るだけターゲットに近づくことが必要である。
ここしかない、迷いもなくリュウのハンドルはCラインの端に向けていた。
"キュッ!! キュッ!!"
かすかにしかし数回赤く光るブレーキランプがターゲットに間違いない。
「アマチュアのイスラム野郎が・・・」
「プロならブレーキランプくらい切っておけ!!」
滑走路の端にあるパーキングに慌てふためき走り去ろうとするボルボのバンが見えた。リュウはホルスターからグロッグを抜き、左手に持ち替えた。
右手で暴れるハンドルをねじ伏せながらグロッグを窓から出し、狙いを付けた。
"バシュッ!!" "バシュッ!!"
右後輪が飛んだ、いやバンの右後ろがタイヤごと吹き飛んでいる。
さらに左サイドが吹き飛んだ。
炸裂弾はたった2発でスクラップにした。
左右のドアから転がるように人影が出てきた。
"バシュッ!!"
右の人影の頭が吹き飛んだ。
ドライバーであろう左の人影がブリキのおもちゃの様に、ギクシャク動き両手を上げ、降伏を示した。
"バシュッ!!"
右手が消えた。
滑走路を隔てているフェンスをなぎ倒しリュウの車がパーキングに飛び込んだ。
「アッラー!! アッラー!!」
右手いや手首を押さえ転げ回る若い男がいた。
氷のように冷たい目をしたリュウが、残った左手首を踏みつけた。
「こっちも飛ばしたいか・・!!」
しかし、まだこの時点で青年はアッラーを信じていた。
あらん限りの抵抗を示す目でリュウを睨み返した。
"バシュッ!!"
この瞬間、青年はアッラーなどという神は存在しないことを知った。
いま、自分の命も尊厳も全てを握っているのは全能の神ではなく、氷の目をしたアジア人だった。